All Hallow's Day

世界史を紐解くことになってしまう。

紀元前から中央ヨーロッパに住んでいたケルトの人々は紀元前1世紀ころからゲルマン人に、4世紀に帝政ローマの侵略を受けて西の周辺へ逃げて行った。ケルトの人々はその昔からの習慣の一部を行き先でも続ける。話題のハロウィンだが、ケルトの人々と言えばアイルランドスコットランド、フランス、ガリシア、それらの港から海を渡って北米、中南米に広がる。

キリスト教に変わる前は多神教で、収穫が終わる11月1日に収穫を感謝し祖先の霊を慰め、悪霊や怪物の退散を祈った。それが万聖節と言われる。ドルイドがかがり火、作物などを燃やして火を各家庭に渡した。火を保護するためにルタバガやカボチャ、リンゴなどがくり抜かれて使われた。ケルトの一日は日没から始まるので、10月31日の日没後は11月1日。

 

今、いろいろな国でall saint's day, Allhelgonadagen, Allerheiligen, all Hallow day などと言われる祭りはキリスト教的には異教徒がいくつもの神を畏れることなので本来の祭ではありえない。土地の人々の懐柔策で生き残らせた行事だ。

だからアイルランドの人々がブリテンの重税に苦しんで北米へ移民として入ったことでアメリカの風習となり楽しい仮装行事に変わった。ハロウィンはそれが広まった。

 

万聖節を祝う例を挙げると、北欧では墓場を訪れ、親族の墓に花やリースを捧げ、ロウソクに火を灯す。カタルニアでは広場で屋台が並び、大きな墓地周辺ではコンサートや23人の魔女の演劇が毎年演じられる。ガルシアでは魔女がLa Queimadaという儀式を行い悪霊を追い、家庭ごとに死者を饗宴すると死者は生きている人の中を歩くことができると信じられている。霊の安寧を祈り、悪霊から守るために、人々は外に御馳走を残す。ローマ時代には、ローマの収穫の女神、ポモナに敬意を表す祭が加わった。ポルトガルではこの数年で、子供たちがテレビを見てお菓子を集めて回る姿が時々出てきたと言う。大人はほぼ無関心と明言している。 ドイツは5州で聖休日でカトリック地域のバイエルン市では静かな聖なる日(休日)に指定される。ダンスは午前0~2時は禁止、全ての商店は休業しなくてはならない。ともかく家で静かに過ごす日と法律で指定されている。

 

一方でキリスト教の行事ではないので、特にカトリック正教会ではこの風習がない。エリトリアの米国大使館では市民との交流行事として、アメリカのハロウィンの起源と宗教的な意味合い、そして現代の楽しみ方を講習している。基本は子供の遊びとしてだが。日本の米軍キャンプでも同様のことをしているから、昔の宣教師のような思いなのかもしれない。宣教師には軍がついて回り、商人が追いかけるのが常だが。

エチオピアエリトリアと同様に古いキリスト教の国だが、十字架を抱えて練り歩き、若者が棒を地面に叩きつける行事を行うそうだ。復活祭のつもりかな?

ギリシアでは街中をトリック・オア・トリートと騒ぐ子供は見られないが、観光客や大人向けにバーやホールで仮装パーティーが行われているとのこと。ただし、同様の意義で行われる祭りは二月のアポクリエスで、3週間にわたり仮装して誰かれなく家のドアを叩き、家主は酒か菓子を振舞うのだそうだ。

イスラム教の国でも世俗主義のトルコでもギリシアと同様で、数百の場所をリストにして、その店やホールで仮装パーティーをやっても構わないとのこと。外では大っぴらにはやらないようだ。

こうして見てくると、アメリカの風習を広めている米国人は米軍と外交官、英語教師などらしい。友好政策の一環なのだろう。それを異教徒の行事とするキリスト教国やイスラム教国でもこの十年くらいが流行の兆しが出てきている。日本のような無宗教に近い国では気軽に流行る。宗教的な意義はすっかり抜け落ちて。

 

おまけ

ある放送局でハロイーン、ハロウィン、ハローウィーンなど、いろいろと読み分けて、どれが正しいかなどと話題にしたがっていた。これは何でもいいのだと思う。渋谷仮装大会の日とか、お化け大会の日とかでも全く問題ない。その行事には意味はないのだから。

日本へ来た外国人が新幹線に乗って「シンカーセーン」とか言ってたら「シンカンセン」と直したくなろうが、そっくりの高速鉄道がサウジにできたからと言って、それを新幹線とは呼ばない。ジーメンスのスペイン工場で出来た車両だし、日本のそっくり車両より速いし。

日本へ伝えるときにHalloweenなどと教えず仮装大会の日と米軍が教えてくれてたらこういう下らない議論で電波を使うことも無かったろうに。

一部の人が暴徒化してしまったと嘆くなかれ。意味を学んでも宗教心がないのだから何の効果もない。それが無宗教の弱さ。

J.J.ルソーは、神は存在するかと議論するよりも、信じる人のほうが信じない人よりも幸福だと言う人となる確率が高かった、と統計結果を示した。

 

我が国も宗教を軽んじる癖は止めるべきだと思う。

特にハロウィンの暴走を見ると、そう思わざるを得ない。