小式部内侍と和泉式部

とどめおきて誰をあはれと思ふらむ 子はまさるらむ子はまさりけり 母式部

大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立 小式部

宇治拾遺物語 巻三 三五

今は昔、小式部内侍に定頼中納言物いひわたりけり。それにまた時の関白通ひ給ひけり。局にいりて臥し給ひたりけるを知らざりけるにや、中納言寄り来てたたきけるを、局の人、かくとやいひたりけん、沓をはきて行きけるが、少し歩みのきて、経をはたと(うちあげて読みたりけり)。二声ばかりまでは、小式部内侍きと耳を立つるやうにしければ、この入りて臥し給へる人、あやしと思しける程に、少し声遠うなるやうにて、四声五声ばかり行きもやらで読みたりける時、う、といひて、うしろざまにこそ臥しかへれたれ。
この入り臥し給へる人の、「さばかり堪へがたう恥かしかりし事こそなかりしか」と、のちにのたまひけるとかや。

超訳】貞頼中納言が「今夜どう?」と歌を送り、内侍の局人に話がついたと、勇んで内侍の家に行ったら、既に関白様が共寝している。局があわてて返したが、心残りの貞頼は経読みの実力を示すかのように道端で経を読む。

内侍はその声に耳をそばだてる。関白は、変な奴だなといぶかる内に、内侍は関白に背中を向けて身を固くしてしまった。

関白は、参ったよ~、あんな事は初めてさ、後に恥ずかしい話を打ち明けましたとさ。

段題「小式部内侍定頼卿の経にめでたる事」

【余談】ゲ、この内侍め、あの男と寝たかったのかよ。関白は恥をかいちゃった。
昔から、夫婦でも共に寝るときに背中を向けて寝たら、今夜は駄目という意味。隙間がすーすーして、その夜は別のお布団になるかもしれない。

経読みは平安貴族のたしなみで、無名草子にあるように当時は女性も人に聞かせるほどの声量で、いくつかの経を読んだ。貞頼も経読みの一人。
貞頼中納言百人一首の中では大納言。

 「朝ぼらけ 宇治の川霧 絶え絶えに あらはれわたる 瀬々の網代木 」

小式部内侍の母は好き者として名高い和泉式部。母式部とも呼ばれる。娘の小式部も美貌でモテモテの女性。記録には5人の男性名が残る。それぞれ父親が違う子を三人産んだが、(父の名がはっきりしない)三人目の出産後に亡くなった。

冒頭の句は、20代で世を去った小式部に贈った母式部の句

 「とどめおきて誰をあはれと思ふらむ 子はまさるらむ子はまさりけり」

小式部も冒頭次の句を詠んでいる。当時は天橋立の辺りに母式部がいた。文・踏み

 「大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立」

 

諸解説には、お経が素晴らしかったとしか書かれないが、裸で共寝している時に経を読むほうも酷いし、横にいる関白を差し置いて背を向ける小式部も酷い。関白様だけが恥をかかされた形。本当は宇治大納言物語の中の一節だから、面白おかしくないと採用されないはず。弓を引く音だけで逃げ帰った泥棒大太郎の話、宮仕えする女房の大きな音のオナラの話の次にくる話で、なんでお経が素晴らしいという題になるのか。文字通りでなく、実はアイロニーたっぷりの題なのです。

今回ここに記載した理由です。