ソーシャル・ディスタンスの起源、意味。

 イタリアの地形をブーツのようだと言うなら、その膝の辺りとスペインとの間にサルジニア島とコルシカ島がある。(らしい。行ったことがないので)
 サルジニアの北西にアルゲーロという港町がある。地域的に歴史上、地中海の交通、通商の地で多くの国の人が交流してきた。今も温暖な地中海の観光地として有名でもある。

 432年前、この町に事件が起きた。
 北のフランス、マルセイユでは原因不詳の疫病が一年くらい前から起きていた。そこから来た船員が一人、町に降り立った。検疫官は上陸時に彼を調べたが停止させなかった。
 実は、彼は横痃(おうげん)があったのだが、梅毒などでも起きる現象なので申告しなかったらしい。彼は数日後に死体となって発見され、アルゲーロの街には疫病が広がった。
 歴史書には悲惨さが伝えられているが、現代の研究では町の60%が死亡し、元気な人はほとんどいなくなったとされる。納税記録に、納税者が激減すると同時に注釈に疫病のことが記されていた。

 周辺地域ではもっと悲惨で、90%以上が死亡した地域もあった。その中で充分に大きいが、比較的被害が少なかったアルゲーロでは何があったのかと調べられている。
一人の医師がいなかったら、この町も壊滅し8か月以内に地図上から消滅していたはずだった。
 彼は先見の明を持ち合わせていた。ソーシャルディスタンスである。
 当時の世界人口は12億人程度だったが、5千万人以上が死亡したこの病気はペスト、黒死病とも言う。欧州の都市部で地下鉄工事を行うと、地図に墓地とされていない地域に、この時代の人骨が大量に出て来ることがある。数十年前だが英国ファリントンで5万人分の人骨が出てきたこともある。埋葬する余力がなかったのだろう。

 エンテル・キント・ティベリオ・アンゲレリオ医師は、サルジニア島には医学大学は無かったのでシシリアで学んで帰郷したのだが、シシリアはペスト禍が去って5年くらい経っていた。
 経験をもとに島の有力者に57の提言をしたが、終末論者によって却下された。そこで彼はアルゲーロの総督を説得し、町の周りに三重の防疫線を築き外部からの往来を止めた。
 すると市民は彼をリンチしようと動いたが、どんどん人が死ぬのを目にしてアウトブレイクを包囲するタスクに従って動き出した。

 ①まず、ロックダウン。一家族で一人だけが買い物などで外出できるが、他の家族は家を出ない、家を移動しない。現代のパンデミック制限によく用いられる。
イタリア語の-quaranta giorni-は"quarantine(検疫)"の語源だが、40日間という意味で、この時ロックダウンが40日間だったことにちなんでいる。
 ②次にフィジカルディスタンス。人との距離を6フィート取ること。ペストはノミが媒介していたが、人に寄生するノミは遠くへは移動しない。ウイルスはクシャミなどの人の体液などが媒介するが。ポリシー16世紀末から人々の常識になって科学的に正しいものになって行く。その原動力ともなった。現在、その数字は病気により1mか1.5mとされるようになっている。
 ③買ってきたものを洗う。イタリアでは当時の先進的な人々、ミケランジェロ、ドナテッロ、ラファエル、レオナルド・ダ・ビンチ、コペルニクスなどが率先して科学的視点で行動したこと、それが流行していたことも重要である。
汚染と感染との境界がはっきりしない時代でもあった。科学的視点を病気に向けて、科学的に行動するようになった時代ともいえる。その中で洗うことの意味は大きかった。現代では自分の手を洗うことに通じる。
 ④健康パスポート(Health Passports)。健康診断を受けてペストではないと証明された、業務上で外に出たり通行する必要のある人はそれを持って通行できる。パスポートのサンプルが今も残っているが、既に流行の終わった地域、まだの地域、あるいは今も盛んな地域であろうとなかろうと、健康体であるという証明書を持っていれば有効期間においては通行できる。現代、コロナウイルスに対して、ニューヨーク、ロンドン、香港、シンガポールなどはデジタル証明書"CommonPass"を試験運用している。
 ⑤他にも、動物を介してノミがペスト菌を媒介することがあったので、猫の死体などを見つけたら海に捨てろなどの指示もあった。コロナも犬や、猫のネコ科動物に感染するらしいので何とも言えないが、今後も多くの媒介者が見つかる事だろう。

 距離をとる意味を極言すれば、感染した人は他に感染させずに自分で何とかしろ、感染してない人は感染者に近づくな、と言うようなこと。外部社会との断絶、個人間の断絶は、言い出せばリンチに遭いそうだ。しかし科学的に感染症を根絶させるならばこれしかないだろう。

 ペストは数年に一人の割合で発見される。三年前にフランスで一人の女性がペストと診断された。一応、根絶されたとされる結核赤痢SARS,MERSも一人、二人と見つかる。そして、そのような病原体は変異を続ける。

 根絶するまでの長い戦い、根絶してからの新たな脅威の予防。今後も人は戦いを続けるだろう。その中でソーシャルディスタンスという対抗策は今後も有効である。